気になるエンタメデラックス

様々な芸能スクープや旬の話題をお届けします。

塩沼亮潤の断食や講演会が話題?結婚してる?堂本剛との関係は?

   

慈眼寺住職の塩沼亮潤さん。断食や講演会、サイン会なども話題になっているのだとか。

聖光学院のトレーニング方法のモデルにもなり、

堂本剛さんとも関係があるという情報も。

宗派や結婚は?なども含めて、今回は塩沼亮潤さんの気になる情報をリサーチしてみました。

スポンサードリンク

断食や講演会での名言が話題に?

まずは「塩沼克潤さんって誰?」と思われる方が多いと思いますので、簡単に人物像をご紹介します。

塩沼克潤さんは、1968年3月15日生まれの現在48歳、宮城県仙台市出身です。

塩沼亮潤 誰 何者

東北高校を卒業後、1987年に金峰山修験本宗長である五条順教に師事し、総本家金峰山寺にて出家しました。

塩沼さんが僧侶になったきっかけは、なんと小学校5年生の時に、TVで天台宗の僧侶である酒井雄哉さんが行っていた「千日回峰行」を見て「これをやりたい!」と思ったことだったそうです。

一般の人は「こんなの無理〜!」と言いそうですが、わずか10歳くらいの子がお坊さんに憧れるって、すでにこの時から凡人ではなかったのかもしれませんね。

ちなみに酒井さんは、比叡山の延暦寺の「千日回峰行」を2度成し遂げました。千日回峰行とは、年に100日〜200日、7年間に渡って行う修行の1つです。合計で千日になることから、千日回峰行と呼ばれています。

1日30キロを6時間で歩き、千日でなんと約4万キロを歩くのだそう。5年かけて700日の回峰を達成すると、晴れて「堂入り」となりますが、ここからが辛いそうです。

それは「四無行」と呼ばれる、9日間続く「断食・断水・断眠・不臥(ふが)」の荒行。不臥とは体を横にしないということ。9日間も飲まず食わず眠れず、さらには体を横にできないということですよね・・

そんなことが可能なのかにわかに信じられませんが、第二次大戦後2015年までにこの千日回峰行を達成できたのは、13人しかいないそうです。

塩沼亮潤 講演会 サイン会

塩沼さんは、1992年5月から千日回峰行に入りました。そして、7年後の1999年9月に、奈良県吉野の金峰山で1300年の歴史史上2人目となる、千日回峰行を達成、その翌年の2000年に「四無行」を達成しています。

現在は、金峰山修験本宗派の僧侶として、自ら建立した仙台の慈眼寺住職となり、千日回峰行を達成できた人が得ることのできる「大阿闍梨(だいあじゃり)」となっています。

そんな塩沼克潤さんですが、今行っている講演会が話題となっているのです。

それはなぜなのでしょうか。

塩沼さんの人を惹きつける魅力というのは、厳しくも優しいその名言にあります。

塩沼さんは、これまでに数々の書籍を出していますが、その代表的なのは「毎日が小さな修行」という本です。

その中に次のような一節があります。

「人生、良いことも悪いことも半分半分です。悪いことがあってもパッと切り替えて、光が射すほうに転換できるようになると、器が大きくなり、太陽のように人に明るさと良い影響を与えられるようになります」

人生は、良いことも悪いことも半分半分、悪いことばかりは続かないとわかってはいるけれど、心が折れることがあると、ついマイナスな考え方になってしますよね。

塩沼亮潤 慈眼寺住職 名言

そんな中で、改めてこういう言葉を言われると心にしみるのかもしれません。そして講演会と並行して行われるのが、サイン会。なんだか塩沼さんのお名前だけでも頂けると、毎日拝みたくなるほどありがたく感じそうですね。

聖光学院で導入された?

2012年頃、人間学を学ぶ月刊誌「致知」に、甲子園の強豪校として知られる福島県の「聖光学院高校」の野球部監督、斎藤智也さんの記事が掲載されました。

その記事の内容は、宮城県仙台市の慈眼寺の住職、塩沼克潤さんの「大峰千日回峰行」にヒントを得たという独自のトレーニングについて。

スポンサードリンク

そのトレーニング法とは「夜中に地元の吾妻連邦に登り、懐中電灯と熊よけの鈴を持って、暗闇の中を5時間かけて下山させる」というもの。

このトレーニングを通して、試合に負ける恐怖を骨の髄まで味わわせ、その恐怖や邪念から解き放たれるように選手たちを鍛えるのだそう。

・・聞くだけで足がガクガクしそうです(苦笑)。

トレーニングの域を超えている感じがするのは、気のせいでしょうか。

結婚している?堂本剛との関係とは?

塩沼さんのプライベートはどうなっているのでしょうか。

気になる結婚についても、ほとんど情報がないことから、結婚はされてないのかも。19歳で出家してそのまま住職までの道をまっしぐらですから、女性とのお付き合いや結婚もなかったのかもしれませんね。ただ一方で、表に情報が出ていないだけで実は結婚されているといった可能性もゼロではないと思います。

そして、塩沼さんを調べていたら「堂本剛」というキーワードが出てきました。

実は、塩沼さんと堂本さんは2010年に、NHK教育テレビで放送された「ココロ見」いう番組で対談をしているのです。

塩沼亮潤 堂本剛 関係

この番組は、堂本さんがホスト役となって様々なゲストと対談するというもの。その道を極めた人物と、対話するというコンセプトのこの番組に、塩沼さんは大峰千日回峰行を成し遂げた人物として出演しました。

堂本さんは故郷である奈良県に行き、吉野山で塩沼さんに会い、堂本さんはそこで、ある過去について塩沼さんに語ったそうです。

それは、芸能界で活躍し始めた14歳の頃。地元の奈良県から東京に移り、それ以来ファンが求める自分になろうとしたそうです。ただ、そんななかで少しずつファンが求める自分と本来の自分との間で葛藤しはじめたといいます。

ファンが求めるものに応えることで、ファンは喜んでくれるけれど、実は当時の自分はまったく喜べなかったのだそう。次第に「自分の本音は言ってはいけない」と思うようになっていったという堂本さん。

だけど、そんな堂本さんを救ってくれたのもファンでした。「自分のやりたいことをやってほしい」というファンに支えられたのです。

そんな、堂本さんの話を聞いていた塩沼さんも、自らの経験を話しました。

塩沼亮潤 大阿闍梨 断食

塩沼さんも故郷である宮城県仙台市を離れ、奈良県の吉野で修行。

当時、塩沼さんは19歳で「世の中のためになるような生き方をしないといけない」と心のどこかで思っていたそうです。この対談で堂本さんは「自分のありのままを追求して生きていきたい」と語りました。

苦しい修行もある意味今の自分を受け入れるということ…、この対談が実現したことも、塩沼さんと堂本さんの間で何か引き合うものがあったのかもしれないですね。

今回のまとめ

ある雑誌のインタビューで、子どもの頃のことを語ったことがありました。塩沼さんは、家にお風呂がない貧しい家に生まれたそうです。

父親は、お酒を飲み暴力を振るい家を出て行き、塩沼さん自身は中学時代からバイトをして、お米や味噌に変えることもあったそう。

この経験から「人生って思い通りにならないことばかり。でも、自分の気持ちを抑えて我慢できる人が本当に強い人」と語っています。

塩沼亮潤 宗派 結婚

インタビューの最後に「千日の修行の中で心が折れることはなかった?」との問いに、「心が折れる…その感覚がわからない(笑)。心が折れるって甘いんじゃない?それは甘さだよ、甘さ」

心癒される言葉が続くと思いきや、結構グサッと来る言葉です。

だからこそ、塩沼さんの言葉は「やみつき」になるのかもしれませんね。

スポンサードリンク

 - 未分類

  関連記事

桂ぽんぽ娘
桂ぽんぽ娘は自身の浮気が原因で旦那と離婚?女流落語家の彼女がテレビに出ない理由とは?
武豊
武豊が美馬怜子と浮気で佐野量子と離婚!?手つなぎデートの影響は?
三遊亭円楽
三遊亭円楽の年収は?息子は声優で有吉ゼミでも話題?ハワイに別荘?
ねばーる君
ねばーる君の伸びる仕組みがレントゲンでバレた!?ふなっしーと共演も?
舛添要一
舛添要一が公用車で豪遊?出張費は黒塗りで上限なし?リコールは?
早田功駿
早田功駿の年収や出身高校は?彼女や結婚の噂は?父親もジョッキー?
イルカちゃん
台湾マクドナルドの店員イルカちゃんが天使で可愛い?素顔や評価は?
岩井俊二
岩井俊二の結婚や嫁は?性格は?新作のリップヴァンも話題?